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社団法人焼津青年会議所

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NOM-LOM
 米国ミズーリ洲セントルイスの小さな青年社会活動から生まれ、全米、そして世界へと広がっていったJC運動の国際機関であり世界最大の青年団。
日本は1951年に加盟
 全国的レベルの運営についてLOMと協働し総合調整にあたる。国家青年会議所として政策提言を行い、国際的には国を代表する。ブロック、地区、NOMはすべてLOMらの出向者によって構成される。  都市ごと、あるいは市部・町村が集まった形で組織され、すべての会員はLOMに所属する。

  青年会議所(JC)とは…?
  日本全国の地域に約40,000人の「修練・奉仕・友情」という三信条のもと、率先して行動する仲間がいます。半世紀以上も前から時代は変われど「明るい豊かな社会」の実現を目指す指導者たらんとする青年団体、それが青年会議所です。

  メンバーは…
  青年会議所には、品格ある青年であれば、個人の意思によって入会できますが、20歳から40歳までという年齢制限を設けています。これは青年会議所が、青年の真摯な情熱を結集し社会に貢献することを目的に組織された青年のための団体だからです。
 会員は、40歳を超えると現役を退かなくてはなりません。この年齢制限は青年会議所最大の特徴であり、常に組織を若々しく保ち、果敢な行動力の源泉となっています。各青年会議所の理事長をはじめ、すべての任期は1年に限られています。会員は1年毎にさまざまな役職を経験することで、豊富な実践経験を積むことができ、自己修練の成果を個々の活動にフィードバックさせていけます。  青年会議所におけるさまざまな実践トレーニングを経験した活動分野は広く、OBも含め各界で社会に貢献しています。
 たとえば政界では200人を超える国会議員をはじめ、知事、市長、地方議員などの人材を輩出、日本のリーダーとして活躍中です。

  青年会議所の始まりは…
  1949年「日本はこの先どうなるのだ!?」という今以上に混沌とした戦後の時代背景の中、全国各地で志ある若者たちが立ち上がり、青年会議所運動は始まりました。
 そして、1951年、全国各地で活動していた青年会議所が集まり日本青年会議所(日本JC)を創設。
 以来、日本の青年会議所運動の枢軸として各地の青年会議所と連携し活動を展開しております。

  JC三信条とは…
 ・個人への修練  Training

 ・社会への奉仕  Survice

 ・世界との友情  Friendship

  JC宣言
 日本の青年会議所は
 混沌という未知の可能性を切り拓き、
 個人の自立性と社会の公共性が
 生き生きと協和する確かな時代を築くために
 率先して行動することを宣言する。

  JC宣言
 The Creed of Junior Chamber International

 We Believe:
  That faith God gives meaning
  and purpose to human life,
  That the brotherhood of man
  transcends the sovereignty of nations;
  That economic justice can best be won
  by free men through free enterprise;
  That government should be of laws
  rather than of men;
  That earth's great treasure lies in
  human presonality; and
  That service to humanity is the best
  work of life.
JCI綱領 <翻訳文>


 我々はかく信じる:
 「信仰は人生に意義と目的を与え
  人類の同胞愛国家の主権を超越し
  正しい経済の発展は
  自由経済社会を通じて最もよく達成され
  政治は人によって左右されず法によって
  運営さるべきものであり
  人間の個性はこの世の至宝であり
  人類への奉仕が人生最善の仕事である」

  JCI MISSION
 JCIMISSION

 To provide development opportunities
 that empower young people
 to create potive change.
JCIのミッション(使命) <翻訳文>

青年が積極的な変革を創造し開拓するために、能動的に活動できる機会を提供する。

  世界中に広がる青年会議所
 日本青年会議所は国際青年会議所(JCI:Junior Chamber International)の一員です。国際青年会議所は世界112ヶ国、27万人以上、OBは2 50万人以上という組織です。
 アメリカ42代大統領ビル・クリントン、第7代国連事務総長コフィー・アナン、フランス第5代首相ジャック・シラクも青年会議所のOBです。
 その他多くのメンバー・OBが世界中にいます。
 くわしくはこちらをご覧ください。

  日本青年会議所の設立
 1951年2月9日、東京商工会議所の2階会議室に55名の委員は創立総会に臨みました。開会が宣言され、まず丸晋設立準備委員が東京JC設立から今日に至る経過を報告し、次に満場一致で東京JC理事長の黒川光朝が議長に選任されました。
 定款、役員選任は原案通り可決され、別室で第1回役員会が開催され、初代会頭には黒川光朝が就任されました。
 そして、ここにJC運動の要というべき日本青年会議所は10JC、506名をもって誕生しました。

  JCI正式加入
 初年度の大事業としてJCIとの提携がありました。1951年5月にカナダ・モントリオールで開催された第6回JCI世界会議に黒川会頭を含む6名の代表団が派遣されました。
 開会式において、時のJCI会頭、フィリピンのラモン・ロザリオの冒頭演説です。

「・・・JCには国境も民族もない。それは、全世界の青年のものである。その誇りにおいて、我々は今ここに、かつての敵国日本のJC代表団を、心から歓迎をもって迎えようとする・・・」

 ウワーッという拍手、まばゆいばかりにスポット・ライトが日本代表団に当てられました。全員が立ち上がって、一斉にこちらを向きました。
 JCI正式加盟は直ちに日本JCへ打電されました。
 講和条約調印以前に国際団体に加盟している日本の団体はロータリーのみであった。

  日本最初の国際会議
 国民待望の講和条約が1952年発行されました。その4月20日から4日間、日本JCは東京において第2回アジア地区会議を主催しました。この会議は日本で開かれる国際会議の最初の試みでした。
 とにかく、創立1年2ヶ月にして国際会議を開催するなどということは、冒険といえば冒険でした。現に、その前年の10月、JCIアジア地区担当副会頭ヴィラヌーヴァ(フィリピン)から「もし日本が第2回の開催地として正式の申し出を行えば、日本以外のJCから全員一致の支持を受けるだろう」という主旨の書簡があったとき、その開催についてかなり議論が戦わされました。そして第2代会頭の小坂は受諾を固めました。

 会議にはJCIのバグスレー会頭はじめ、アジア各地から31名が来日し、日本JCからは311名が参加しました。

 幸いに、東商はじめ政・財界からのバックアップ、各報道機関の応援が得られ、会議は予想以上の成果を上げました。
 今日からみれば、実に小規模な国際会議であるが、とにかく日本では最初の国際会議だったのであり、当時としては大成功と言って良いものでした。

  焼津青年会議所 創立宣言文
 「我々は人間開発と地域開発を目指し、若き世代の英知と勇気と情熱を結集して、ここに焼津青年会議所を創立した。今日より志を同じくする世界の同志と手を携え、世界の中に於ける焼津の青年の進むべき道を修練から探求し、JCの旗のもとに、新しい時代のリーダーとなろう。」